《本感想》宮部みゆき『青瓜不動』「三島屋変調百物語9」

「青瓜不動」

あらすじ 初春の三島屋では、年末に帰ってきた長兄・伊一郎が正式に跡取りとして活躍し始め、また、いよいよ近づいてきたおちかの出産についての話題がひっきりなしに出てくるような状況。全体的に幸先がよく、浮き足立っているような雰囲気。

そんな中、いつだったか三島屋が巻き込まれた事件を解決するのに手助けをしてくれた行然坊が、再び店を訪れる。なんでも、おちかの出産が間もなくである今だからこそ、意味のある話をする語り手を寄こしたいのだという。退屈さを感じていた富次郎は、それを請け負う。

約束をしてから9日後に、ようやく語り手であるいねという女性が、「うりんぼ様」と呼ぶお不動様を背負ってやってきた。

いねが語った内容は、うりんぼ様を土の中から発見するまでの、その土地の成り立ち(そこにある、暮らしに困った女性が集う場所「洞泉庵」の主であるお奈津の半生)について。

語りが終わった後、無事におちかの子どもが生まれるように力を貸してくれるとのことで、いねはうりんぼ様を黒白の間に置いて帰っていった。そしてそれから数日が経ち、いよいよおちかが産気づいたと連絡が来た時、富次郎はうりんぼ様を拝みに黒白の間へ行く。そして気がついたら、たくさんの青瓜が並ぶ畑に立っているのであった。

なかなか読み進めるのが大変な話でした。楽しみである語り手が来るまでが長い、語り手の話の序盤が辛く、悲しくてやりきれない。そんなわけで、ここまでで2日くらいつかってしまいました。興がのってからは早かったけど。

貧しい生まれながらも健気に家族を助けながら暮らしていたお奈津が、信じたかった男性との子を自ら流産させてしまったこと、慕っていた叔母が実は周囲からつまはじきにされており、死後も投げ込み墓に入れられてしまったことなどから、人、とりわけ家族の冷酷さに我慢ができなくなってしまったことに共感できてしまい、とても辛かったです。イヤ、私はこんなひどい経験はしてませんけど。でもある程度生きてるとね、ありますよね。

でも、そこからのお奈津の強かさには感心しました。たった1人で住む場所を決め、各家の手伝いなどで小銭を稼ぎ、同時に未来のために畑をつくる。六助じいさんのように助言をしてくれる人は少なからずいるけど、基本的に全部自分でやり遂げて、絶対に諦めなかった。だからこそ、頼るところのない女性の救済所「洞泉庵」となるまで、大きくすることができたんだろうな、と。

それにしても、なんて女性が生きにくい時代なんだろうと思いました。(全員がそうでないことは理解していますが)結婚相手は選べず、嫁ぎ先でいびられても反抗は許されず、妊娠できないと離縁され、それでも実家に帰ることは許されない。自由意志の存在なんて許されないのに、少しでも世間の思う「普通」から外れてしまったら、もうどこにも受け入れてもらえない。それがこの時代の「当たり前」だったとしても、本当にムカつきました。

洞泉庵の住人たちが幸せそうな様子だったので、それだけがせめてもの救いでした。

そしておちかちゃん!出産おめでとう〜!!

かつてのシリーズの主人公の、出産という一大イベント。サラッと描かれることはないと思ったけど、まさか富次郎を絡ませるとは!しかも中々ハードな内容で、人知れずドタバタしてる富次郎の描写に、緊迫感を感じながらも思わず笑ってしまいました。

 

 

「だんだん人形」

あらすじ 今回の語り手は、人形町の味噌屋である丸升屋の三男・文三郎。富次郎と歳が近く、友達のように語りが進んでいく。語りの内容は、文三郎のおじいさんから聞いた話だという。

構成は2段階。

①    丸升屋を創業した文三郎のひいひいひい祖父さん・文一が「だんだん人形」を手に入れることになった経緯

文一は、石和屋(味噌の卸売屋)の奉公人として、番頭の勇次と一緒に、味噌の醸造元である三倉村へ向かっていた。村の近くまで行くと、突然村人の1人・おびんに襲われる。事情を聞くと、三倉村を治める代官が悪辣な人物に替わってしまい、味噌の取引内容も無理やり変えられてしまった。石和屋もそれを知っていて、村を裏切ったのだろうと言う。もちろん誤解であるため、勇次と文一は村への道を急ぐ。村に着き事情を把握し、三倉村の現状をお上に訴えるための相談をしていると、代官から差し向けられた役人が、戦支度でやってくる。勇次と村長の妻の命が無慈悲に奪われるのを目の当たりにしつつも、文一、おびん、そして、道案内役のガキ大将・飛び猿は、村から逃げ出す。

道中、4度も「肝っ玉が溶け出しちまう」思いをしたものの、何とか石和屋に帰り着いた文一。そこから事態が収束するまで1年ほどを要したため、村人のほとんどが助からなかったが。

逃避行の途中で脱落したおびんは、結局代官に捕まっており、精神を病んでしまっていた。しかし、文一が会いに行くと、突然正気づき、土人形を作るから待っていてほしいと言う。三倉村は味噌の他に土人形の産地としても有名で、おびんは元々、人形作りをしたがっていたのだ。丸一日かけて作られた武者人形には、おびんの念がこもっていた。曰く、「一文さんが死を覚悟したのと同じ数だけ、この武者は一文さんを守るよ。」と。

 

②    「だんだん人形」が4度、丸升屋の危機を救ってくれたお話

おびんが念をこめて作ってくれた人形は、文一の興した丸升屋を守ってくれた。1度目と2度目は、2代目の時で、店が火事に巻き込まれそうになった時。3度目は、3代目の時で、お金にだらしない幼馴染に刃物を向けられた時。

そして4度目は、4代目である文三郎のおじいさんの代で、強盗に襲われた時。無慈悲な強盗相手に大立ち回りを演じただんだん人形は、最後の役目を終え、砕けて消えていった。

「青瓜不動」もムカついたけど、今巻で一番怒りを覚えた話はこっちでした。「青瓜不動」では女性の不遇さが描かれていたけれど、

「だんだん人形」では為政者の身勝手さと、それに抗う術を持てずに拐かされ殺されていく民草の無力さが描かれていて、読んでいてとても辛かったです。最終的に悪側が成敗されたとしても、それまでに一体何人死んでしまったのよ、と。それでも、事が終われば、人々は悲しみや怒りを押し殺しながら、粛々と生活を立て直していくしかない。なんともやるせない気持ちになってしまいました。

 

 

「自在の筆」

あらすじ 秋のある日、上野池之端にある「是金」の田楽を買いに、富次郎は出かける。その道中に、以前お世話になった骨董屋(「古田庵」だそう)の主人に声をかけられ、店先で休憩させてもらうことに。売り物を見せてもらいながら2人が談笑していると、そこに異様な迫力を持った老人があらわれる。老人は、自分が預けた「筆」がまだ店にあるかを確認しにきた様子。目的を果たした老人が帰ったあとに富次郎が聞くと、老人は栄松といい、かつては名のある絵師だったが、病気で描けなくなってしまったのだと店主が答える。その場では詳しいことを聞けなかったが、後日、栄松老人が骨董屋から筆を盗み、その筆を食べ亡くなった、という話を聞き、富次郎は骨董屋を再び訪れる。そこで店主に筆にまつわる因縁を聞かせてもらい、その筆にすがったために悲惨な末路をたどった栄松老人の覚悟を感じ取った富次郎は、自分にはそんな覚悟は持てないと、絵の道を諦めることを決意する。

 

短い話でしたが、栄松老人の描写がなかなかにしんどくて、印象に残る話でした。

怪談というか、「自在の筆」のもたらすものは作中でも語られていた通り、予想の範囲を越えないものでしたし、富次郎の絵師への憧れを断たせる目的で書かれたのかな?という感想です。じゃあ、富次郎はどんな道に進もうとするのかな、なんて思っていたのに・・・。

 

「針雨の里」

あらすじ 三島屋の代替わりが近づいてきていることを実感してきた富次郎。そんな中、口入屋の灯庵老人から、語り手を送っても良いかと打診がくる。聞き捨てのための絵を描くことをやめると誓った富次郎だが、それが守れるか不安だったため、少し迷うことに。しかし、ここで逃げたら恥ずかしいと思ったことと、お勝から励ましの言葉をもらったことで、聞き手になる覚悟を決める。

語り手として訪れたのは、富次郎には聞きなれない方言を使う門二郎という男性。門二郎は、今は玉石を扱う問屋に奉公しているが、子どもの頃は捨て子として紙問屋に拾われ、その後に狭間村という山里で暮らすことになる。門二郎が主に語るのは、その狭間村での生活、終焉、そして、村の人々の正体だった。

今巻では、一番読後が悲しい話でした。でも宮部さんの話を読むとよく感じる、優しく、爽やかさがただよう話でもありました。捨て子ながらに、いい人に巡り合い続けて、世を恨むことなく育った門二郎は運が良かったように思います。もちろん、門二郎が真面目に働いていたから、それに周りが応えてくれた、というまっとうな話なのですが。

そして富次郎、そんな泣くほど絵が描きたいんかい!覚悟くつがえるの早!!・・・いやでも、一度きっぱり諦めようとしたものが、結局は諦めきれないと分かった訳なので、これで覚悟を決めて絵師を目指すのかな?

何はともあれ、やりたいことをはっきり自覚した彼がどのような道に進んでいくのか、次巻からは具体的に描かれそうで、楽しみです♪

コメント

タイトルとURLをコピーしました