《本感想》澤村御影『准教授・高槻彰良の推察9 境界に立つもの』

今回のテーマは「境界」

物語が全体的に大きく進んだ気はしないけど、尚哉くんが将来のことで悩んで、周囲の人に相談に乗ってもらうようなシーンが多く描かれていたり、能力と上手く付き合っていけるように訓練していたりと、前向きに生きようとしているなと感じられる描写が結構あり、嬉しくなりました。

でもそこで「油断するな」というように、異界がこっち来た!みたいに、まぁトラブルが起こったりはするんですよね。

 

「第1章 トンネルの中には」

あらすじ  大学3年生になった尚哉と難波は、高槻のゼミ生となることができていた。ゼミの初日に、同じゼミの男子たち(江藤・福本・池内)とグループ研究を実施することになり、そのままあるトンネルへ向かう。そのトンネルでは、1年近く前にOLが殺害される事件が起きており、犯人はまだ捕まっていない。そこで心霊現象が起きると話題になっているため研究のテーマとして取り上げたのだが、尚哉もそこで実際に女の人の声を耳にする。他メンバーには聞こえていない様子だったため、その場では騒ぎ立てず、高槻に相談する尚哉。

後日、高槻とともにトンネルを訪れた尚哉は、再び同じ声を耳にする。しかし、やはり尚哉にしか聞こえないようで–––。

導入の話として、お馴染みメンバー+αの顔見せ的な部分が多くて、ミステリー部分はわりと単純な内容でした。

まず、ゼミ生となった尚哉くんは難波くんの他に3名の男子学生とグループ研究をすることになりましたが、その中の江藤くんは場を盛り上げるために話を盛ってしまうタイプ。尚哉くんとの相性がすこぶる悪そうで心配です。これから本編で、どの程度ゼミ生との関わりが描かれるかはわかりませんが、登場が増えるたびにヘイトが増えそうなキャラですね。

そしてミステリー部分。実際に怪異がある世界なので、特定の人にしか声が聞こえない理由は深く考察してませんでしたが、答えが分かっても、そこまで大きな驚きはなかったです。文明の利器の発展に関心はしましたが。それにしても、本当にそこまでピンポイントで声を届けることは可能なのか?ぜひ体験してみたいです。

トリックはまぁそこまで…でしたが、そのような行動をした被害者の弟さんはかわいそうでした。まさか犯人を目撃していたとは・・・。しかも、自宅の割と近所での事件。もう少し早く行動していれば、姉は助かったかもしれない、犯人だってもっと早く捕まっていたかもしれないと思ってしまって、一層悔しくなるだろうな〜と。言い方が適切かわかりませんが、どこかもっと遠くで、自分の知らないところで事件が起こっていれば、諦めることを正当化しやすくなると思うんですよね。

最後で犯人捕まりそうフラグが立っていたので、弟さんの先行きが明るくなることを期待します。

 

 

「第2章 黒髪の女」

あらすじ  今回の相談者は、演劇サークル代表の堀田大智。高槻の講義を受講しており、そこで「かまいたち」の話を聞き、似たような現象を目撃したのだという。それは、次の公演で主演予定だった月村まどかの髪の毛が、一人立っているときに急に切られてしまった、という内容だった。高槻と尚哉はまどかから直接話を聞くべく、演劇サークルの稽古場へ赴く。

稽古場からの帰途につく高槻の携帯に、いとこの優斗から連絡が入る。高槻先生の父である智彰氏が、何者かに刺されたというのだ。慌てて病院に向かう一行。結局、氏は意識もはっきりしており、命に別状はないとのこと。後から佐々倉から聞いた聴取内容によると、氏は「道を歩いていて、気づいたら腹が切れていた」という。

果たして、髪切り事件と智彰氏の事件は関係があるのか–––?

今巻のメインの話。学校でも高槻先生の身内でもトラブルが起こり、しかも高槻先生側の身内が全員集合となってしまい、高槻先生の心情を思うと胃が締め付けられるようでした。

というか、実際「もう一人」に連れて行かれそうになっちゃったし。もうこの辺のエピソードのせいで、サークルの髪切り事件の話はだいぶ頭からなくなりました。

読者も心の準備を全くしていない中で、いきなり親族全員集合!高槻先生のメンタルは一気にボロボロだよ!を見せられて、「えぇ〜、サークルの話は?」と少し困惑もしま

嫌な偶然が重なって、読者的には関連性が疑われる事件が起こっただけって話。

 

 

 

「第3章 桜の鬼」

あらすじ  難波に耳のことを言い当てられてしまった尚哉はその場を逃げ出し、高槻に相談する。しかし、答えはすぐに出ないまま、とりあえず時間を置くことに。ちょうどGW期間がすぐということで、尚哉は高槻に旅行に誘われる。高槻は尚哉に気分転換にと誘ってくれていたが、尚哉もまた、高槻に気分転換が必要と気づき、了承する。

旅行は車で箱根まで。主に佐々倉の運転だが、尚哉もハンドルを握らせてもらう。道中、恩賜箱根公園や大涌谷に立ち寄りながら、一行は旅館に到着する。

旅館では、従業員から近くにある桜の名所や、その桜を見にきた観光客を襲うサトリの妖怪の情報を耳にする。その話に高槻は当然興味を抱くが、今回は怪異に絶対に触れたくない佐々倉と尚哉は、まったく近づく気は無く、その日は3人とも普通に眠りにつく。

しかし夜、ふと目を覚ました尚哉は、窓から見える大量の桜に惹かれて、一人で部屋を出てしまう–––

毎度おなじみ(?)の遠征回。旅行好きだから、色んなところに行っているシーンを読むのは毎回結構楽しみです。しっかし、尚哉くんの願いむなしく、今回も怪異に巻き込まれてしまいましたね〜。まぁ、メインではないので割とサラッと終わりましたが。「小僧がいない」ってわざわざ佐々倉さんを起こしてくれる「もう一人」は少し可愛かったです。

今回、なんだか異捜の存在が目立つな〜と思っていたら、最後になるほど、こういう展開に持ってきたかったからか!と納得。尚哉くんの耳のことは当然把握してるだろうけど、直接スカウトに来るとはね〜。でも尚哉くんからの印象は良くない様子。悪の組織ってわけじゃないから少しかわいそうにも思うけど、まぁ誰だって勝手に自分の周りのこと把握されてたら気持ち悪いよね。ストーカーだもんね。

で、肝心の難波くんとの友情について。難波くんおまえは〜〜〜〜!ほんっとどこまで良いやつなんだ!!そんな人間できてる大学生ほんとにいるんか!?尚哉くんがもともと仲良くできていたのも、そもそも君がほとんど冗談でも嘘つかない人間だからだけどさ!尚哉くんが話してくれたあとも「すげえじゃん!」で終わりって!むしろ人のプライバシーに踏み込んで傷つけた?とかって心配していたなんて!

尚哉くん本当に良かったね。尚哉くんが涙するシーンで、私も目が潤んでしまったよ。

 

 

「extra それはかつての日の話Ⅲ」

高槻先生の保護者枠(食堂を営むご夫婦)紹介エピソード。おかみさん視点で話が進みます。知り合ったのは高槻先生が日本に帰ってきてすぐの頃。ホームシックで食べ物の味がわからなくなってしまった高槻先生が、半ば無理やり食事を提供されるようになったのがきっかけ。最初は訳も分からず「次」の約束を取り付けられて、多分「他人に心配&迷惑をかけてしまった」と申し訳なく思いながら行っていたんだろうな。でもだんだんとお店に馴染んで、ホームシックも克服できてよかった。

高槻先生は、尚哉くんに「居場所をたくさんつくるように」みたいなことを事あるごとにいうけれど、自分もそういう場所をちゃんと作れていたんですね。高槻先生が、高槻先生の事情をまったく知らない人たちにここまで心開くなんて、なんとなく意外でしたけど(失礼)。あんなに信頼している健ちゃんや渉叔父さんを、「実家に連れてくるみたいで照れる」と言ってなかなか連れてこなかったなんて、かな〜り気を許してるじゃないですか。一読者として、読んでて嬉しくなっちゃいましたよ。

でもそういう場所があるって知ったことで、ますます人知れず「境界」の向こうに行く、なんてことは無いようにしてほしいと思いました。ほっこりだけど、改めて気を引き締めさせられるお話でもありました。

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